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【北辰テストでよく出る】室町時代のできごと・社会の様子・世界の様子

北辰テストでよく出題される室町時代の出来事・社会の様子・世界の様子を中心にわかりやすく解説していきます。

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室町時代の主な出来事

北辰テストでは選択肢から「その時代で起こったできごと」を選ぶ問題がよく出題されます。細かい年号よりも室町時代に起こったできごとを覚えましょう。

足利尊氏が征夷大将軍になる

1338年、足利尊氏は征夷大将軍に任命されました。

征夷大将軍とは、日本を守るために戦う人のトップの役職です。

足利尊氏は、強い力を持っていて、多くの武士たちが彼を支持していました。

南北朝時代の尊氏は、戦いの中で文化人たちを支援。芸術や文化を重んじ、武家の教育や文化の振興に力を注ぎ、多くの文化人たちを育成し、南北朝時代の文化発展に貢献した。

室町幕府が京都にできる

足利尊氏が征夷大将軍になった後、1338年に京都に室町幕府を設立しました。

室町幕府は、日本の政治や社会を管理する役所のようなもので、鎌倉幕府の後を継いだ新しい政治権力でした。

南北朝の争いで南朝を支持し京都に入城した足利尊氏が、天皇家の都である京都に室町幕府を開き、天皇家に対する敬意を示し、皇位継承者の擁立を目指した。

足利義満が南北朝を統一頻出

南北朝とは、日本が南の朝廷と北の朝廷に分かれていた時代のことを言います。

足利義満は、南北朝の対立を終わらせるために、1392年に両方の朝廷をひとつにまとめました

これによって、日本は再びひとつの国になりました。

南北朝の動乱は、南朝と北朝と呼ばれる2つの朝廷が対立して戦いが起こった。後醍醐天皇が吉野に逃れて南朝を開いたため、京都と吉野に2つの朝廷ができて、南北朝の対立が激化。これは室町時代のできごと

コーチ

コーチ

この時期は、南北朝時代から室町時代への移り変わりであり、足利将軍家の権力が確立された重要な時期です

足利義満の時代には、日本と中国との貿易が盛んに行われ、文化の交流が進みました。

賢い犬

賢い犬

応仁の乱で跡継ぎ問題 頻出

1467年から1477年にかけて、室町幕府の将軍家で跡継ぎ問題が発生し、それがきっかけで応仁の乱が起こりました。

この戦いで、多くの武士たちが争い、日本は混乱しました。

応仁の乱の原因は何か
応仁の乱の原因は、室町幕府の将軍家で跡継ぎ問題が発生。将軍家には、将軍を継ぐことができる候補者が2人いたため、どちらが正当な跡継ぎかで争いが起こりました。

応仁の乱の影響は何か
応仁の乱によって、多くの武士たちが亡くなり、日本の社会は混乱。また、幕府の権威も揺らぎ、武士たちが自分たちで戦うことが増えました。さらに、この戦いで使われた火縄銃が広まり、戦争のやり方が大きく変わることになりました。

応仁の乱とは、戦いによって日本が混乱した時代のこと。この時、幕府の権力が弱まり、地方の武士たちが力をつけてきました。そして、下剋上と呼ばれる力への欲求が広まり、応仁の乱は、10年以上にもわたり、京都は焼け野原となった。戦いのせいで、幕府の力も弱まった。これは室町時代のできごと

山城国一揆 頻出

1485年から1493年にかけて、京都を中心とした山城国で百姓たちが農民一揆を起こし、一時的に政治の安定が崩れました。

京都府の山城南部では、武士と農民が力を合わせて、守護大名を追放する山城国一揆が起こりました。これは室町時代のできごと

加賀の一向一揆 頻出

1488年から1531年の間、石川県を中心に一向宗の門徒たちが一揆を起こし、約100年間自治を行いました。

石川県にある加賀では、一向一揆と呼ばれる農民たちの反乱がおこりました。彼らは、浄土真宗の信者たちであり、守護大名を倒して自治を行いました。これによって、約100年間加賀は自分たちで政治を行い、領主を選ぶなどの自治ができたのです。これは室町時代のできごと

鉄砲伝来

1543年、ポルトガル人が種子島に漂着し、鉄砲が日本に伝わりました

これによって、戦争のやり方が大きく変わりました。

堺や国友では鉄砲が生産されるようになった。

キリスト教伝来

1549年、フランシスコ・ザビエルが日本に来てキリスト教を伝え始めました

キリスト教は、一部の地域で広まりましたが、後に禁教となりました。

桶狭間の戦い

1560年、織田信長と今川義元が桶狭間で戦いました

この戦いで織田信長が勝利し、その後の天下統一への道が開かれました。

室町時代の出来事まとめ

年号出来事
1338年足利尊氏が征夷大将軍になる
1338年室町幕府が京都にできる
1392年足利義満が南北朝を統一頻出
1467年 – 1477年応仁の乱で跡継ぎ問題
1485年 – 1493年山城国一揆
1488年 – 1531年加賀の一向一揆
1543年鉄砲伝来
1549年キリスト教伝来
1560年桶狭間の戦い

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室町時代の社会の様子

北辰テストでは選択肢から「その時代の社会の様子」を選ぶ問題がよく出題されます。

重要キーワード

  1. 日明貿易(勘合貿易)
  2. 倭寇
  3. 土一揆
  4. 琉球王国
  5. コシャマインの戦い
  6. 馬借
  7. 御伽草子
  8. 金閣寺
  9. 銀閣寺
  10. 南蛮貿易
  11. 戦国大名
  12. 枯山水

日明貿易(勘合貿易)頻出

日本と明(中国)との間で行われた貿易で、14世紀から16世紀にかけて続きました。

これは、日本が中国から銅銭を輸入し、日本の商品を輸出していた取引です。

特に、室町時代には足利義満の時代に貿易が盛んに行われました。

勘合貿易は、日明貿易の一部で、日本と中国の貿易の方法を指します。

勘合貿易では、日本側と中国側の交易相手が互いに「勘合」という印を押すことで、取引が成立しました。

この方法は、両国間の信用を確保し、無秩序な貿易を防ぐ役割がありました。

堺は、大阪府にある港町で、日本と中国との貿易が盛んに行われ、室町時代から安土桃山時代にかけて繁栄し、多くの商人が集まりました。

日本は中国との勘合貿易によって銅銭を輸入し、栄えた博多や堺では大商人たちが自治を行っていた。日明貿易や日朝貿易によって輸入された品々は、日本の経済や文化に大きな影響を与えたが、倭寇の活動が問題となり、明は日本に取り締まりを求めた。これは室町時代の社会の様子です。

倭寇

倭寇は、14世紀から16世紀にかけて、日本や朝鮮半島から東アジアの沿岸地域へと進出し、海賊行為を行っていた集団

倭寇は、時には貿易を通じて日本と中国の交流に影響を与えることもありました

土一揆

室町時代には、農民たちが貧困に苦しみ、借金の帳消しを求める土一揆が度々起こりました。

これは、中小地主や寺社領からの借金を返済できなくなった農民たちが、団結して抵抗する現象でした。

琉球王国

琉球王国は、1429年から1879年まで沖縄県を中心に存在した国です。

尚氏は、琉球王国を統一し、国王となった一族で、日本や中国、東南アジアとの貿易で栄えました。

コシャマインの戦い

1466年に起こった琉球王国内での戦いで、尚巴志が三山を統一するために戦いました。

この戦いで尚巴志が勝利し、琉球王国が成立しました。

頻出

都市部に住む町衆や商工業者が集まり、地域の自治を行う組織でした。

彼らは、街の治安や防衛、災害対策などを行い、町の発展に寄与していました。

自治とは、地域住民が自分たちの力で地域の問題を解決し、統治することです。

日本では、町や村などで自治的な運営が行われていた。惣という自治組織が農村や都市でつくられ、村のおきてや町の治安や防災などが定められた。町衆とよばれる裕福な商工業者が自治を行う都市もあり、博多や堺、京都などで発展した。農民は、地頭や領主、武士に年貢を納めなければならず、困窮していた。そこで、惣を中心に団結し、年貢の減免や借金の帳消しを求める土一揆を起こすこともあった。これは室町時代の社会の様子です。

頻出

土倉(貸倉庫)、酒屋などの商人や職人が集まって組織された団体で、独占的な権利を持っていました。

これらの団体は、特定の商品や職業の取引を独占し、競争を排除することで、安定した収益を得ることができました。

また、座は、役所と密接な関係を持っており、政治的な影響力も持っていました。

商人や手工業者たちは、同業者ごとに「座」と呼ばれる組合を作り、公家や寺社に税金を支払って営業を独占するようになりました。商業が発展するにつれ、お金の貸し付けを行っていた土倉や酒屋も同様に座を作り、税を納めることで営業独占権を得るようになりました。これは室町時代の社会の様子です。

馬借

馬借(うまかり)とは、旅行者が馬を借りることができる制度のことを指します。

当時、交通手段は徒歩や駕籠(かご)などが一般的であり、長距離移動や急ぎの場合には馬を借りることが必要とされました。

馬借は、宿場町や城下町などに存在し、馬借人と呼ばれる専門の人たちが馬を提供していました。

室町時代は、惣や座、馬借といった新しい制度が登場し、都市部での商業や産業が発展しました。これらの制度は、日本の歴史の中で重要な役割を果たし、現代の日本経済の基盤を作り上げる原動力となりました。

御伽草子

室町時代に流行した説話文学で、「一寸法師」や「浦島太郎」などの有名な物語が含まれています。

これらの物語は、人々の日常生活や風俗を描いたもので、当時の民衆の娯楽として親しまれていました。

能は、室町時代に観阿弥と世阿弥が大成させた日本独自の舞台芸術で、現在でも高い評価を受けています。

観阿弥と世阿弥は、能の演目や演技を整備し、能楽の基本となる美学や理念を確立しました。

金閣寺

足利義満が1397年に建立

当時の日本建築や庭園の美を象徴する建築物として、現代でも多くの観光客が訪れる名所です。

銀閣寺

足利義政が慈照寺(銀閣寺)を1482年に建立

書院造や東求堂同仁斎といった建築様式が取り入れられており、室町時代の建築や文化の粋を集めたものとされています。

室町時代は、御伽草子や能、金閣、銀閣など、さまざまな文化や芸術が栄えた時代でした。これらの文化は、現代の日本文化にも大きな影響を与えています。

南蛮貿易

南蛮貿易は、16世紀後半から始まり、ポルトガルやスペインとの貿易が盛んに行われました。

南蛮貿易を通じて、日本にパン、カステラ、カルタなどの新しい物や文化が伝わりました

これらは、日本の食文化や遊びに大きな影響を与えました。

戦国大名

戦国大名は、室町時代末期から戦国時代にかけて活躍した地方の支配者で、守護大名や管領などの役職を持っていました。

戦国大名たちは、分国法を制定して自分たちの領地を統治し、下剋上の時代を築きました

これにより、多くの戦いが起こり、国内が混乱しました。

枯山水

枯山水は、室町時代に禅宗の影響を受けて発展した日本独自の庭園様式です。

代表的な枯山水の庭園に、龍安寺があります。

龍安寺は、京都にある禅宗の寺院で、その庭園は石や砂を配置して独特の美を表現しています。

枯山水は、現代でも庭園文化として親しまれています。

室町時代は、南蛮貿易や戦国大名、枯山水など、さまざまな文化や出来事が起こった時代でした。

戦国大名、守護大名、管領は、室町時代から戦国時代にかけての日本の武士階級の代表的な役職です。

それぞれの役職や関係について説明します。

守護大名

地方を支配する武士階級の首領です。彼らは、幕府から守護(地方の治安維持や租税徴収などの任務)の任命を受けて、その地域を支配していました。しかし、次第に独立性が高まり、自らの領地を拡大しようとする動きが強まりました。

管領

室町幕府の最高職であり、征夷大将軍(将軍)の代理として政治を統括する役職です。管領は、幕府の諸大名や守護大名と連携し、中央政府と地方政府の橋渡し役を果たしていました。しかし、次第に守護大名たちの力が増すにつれ、管領の権限は低下していきました。

戦国大名

守護大名や管領から独立した地方の支配者で、戦国時代に活躍しました。彼らは、自らの領地を拡大するために他の大名や守護大名と戦い、地方支配を強化しました。また、分国法を制定して自分たちの領地を統治し、家臣との結束を強めました。

これら3つの役職は、室町時代から戦国時代にかけて、日本の政治・社会の様相を大きく変えていきました。

室町時代の社会の様子まとめ

キーワードまとめ

キーワード説明
日明貿易日本と中国の間で行われた貿易。
勘合貿易日明貿易の一部で、交易相手が互いに「勘合」という印を押す方法。
大阪府にある港町で、貿易が盛んに行われた。
倭寇日本や朝鮮半島から東アジアの沿岸地域へ進出し、海賊行為を行った集団。
土一揆農民たちが借金の帳消しを求めて団結して抵抗する現象。
琉球王国沖縄県を中心に存在した国で、日本や中国、東南アジアと貿易を行った。
コシャマインの戦い琉球王国内での戦いで、尚巴志が勝利して琉球王国が成立した。
都市部に住む町衆や商工業者が集まり、地域の自治を行う組織。
商人や職人が集まって組織された団体で、特定の商品や職業の取引を独占した。
馬借商業取引を支える金融業者で、預かった資金を利子をつけて貸し出す。
御伽草子室町時代に流行した説話文学で、日常生活や風俗を描いた物語が含まれる。
観阿弥と世阿弥が大成させた日本独自の舞台芸術で、高い評価を受けている。
金閣寺足利義満が1397年に建立した建築物で、日本建築や庭園の美を象徴する。
銀閣寺足利義政が1482年に建立した建築物で、室町時代の建築や文化の粋を集めたもの。
南蛮貿易16世紀後半から始まり、ポルトガルやスペインとの貿易が盛んに行われた。
戦国大名室町時代末期から戦国時代にかけて活躍した地方の支配者。
分国法戦国大名が自分たちの領地を統治するために制定した法律。
枯山水室町時代に発展した日本独自の庭園様式で、禅宗

室町時代の世界の様子

北辰テストでは選択肢から「その時代の世界の様子」を選ぶ問題がよく出題されます。

室町時代は、日本だけでなく世界的にも多くの変化が起こった時代です。

世界の出来事

  1. 元が滅び、明が起こる
  2. 朝鮮国(李成桂、高麗が滅びる)
  3. ビザンツ帝国が滅びる
  4. ルターの宗教革命
  5. ルネサンス(14世紀から16世紀)
  6. アステカ王国・インカ帝国滅びる(アステカ:1521年、インカ:1533年)
  7. カルバンの宗教革命
  8. コロンブスがアメリカに到着
  9. バスコ・ダ・ガマがインドに到達
  10. マゼランが世界周航に出発

元が滅び、明が起こる(1368年)

中国では、モンゴル族が建てた元王朝が滅び、明王朝が建国されました。

明王朝は、中国の統一を図り、経済や文化が発展しました。

朝鮮国(李成桂、高麗が滅びる)(1392年)

朝鮮半島では、李成桂が高麗王朝を滅ぼし、李氏朝鮮を建国しました。

李氏朝鮮は、儒教を国教とし、文化が発展しました。

ビザンツ帝国が滅びる(1453年)

ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルがオスマン帝国に攻略され、ビザンツ帝国は滅亡しました。

これにより、東方からのシルクロードが遮断され、ヨーロッパ諸国が新しい貿易ルートを求めるようになりました。

ルターの宗教革命(1517年)

ドイツのマルティン・ルターが、ローマ・カトリック教会に対する批判を発表し、プロテスタント宗教が生まれました。

これは、宗教改革と呼ばれ、ヨーロッパの宗教情勢に大きな影響を与えました。

ルネサンス(14世紀から16世紀)

イタリアを中心に、古代ギリシャ・ローマの文化が復興され、芸術や学問が発展しました。

ルネサンスは、ヨーロッパ全土に広がり、近代ヨーロッパ文化の礎を築きました。

アステカ王国・インカ帝国滅びる(アステカ:1521年、インカ:1533年)

スペインのコンキスタドールによって、中南米のアステカ王国とインカ帝国が征服されました。

これにより、ヨーロッパとアメリカ大陸との交流が始まりました。

カルバンの宗教革命(1536年)

フランス出身のジョン・カルバンが、プロテスタントの一派であるカルヴァン主義を創始しました。

カルヴァン主義は、ルター派とは異なる教えを持ち、神の選びによる救済を強調しました。

カルヴァン主義は、フランス、オランダ、スイス、イングランド、スコットランドなどで広まり、ヨーロッパの宗教改革に大きな影響を与えました。

これらの出来事は、室町時代の世界の様子を表しており、日本と世界史が密接に関連していることがわかります。

室町時代は、世界的にも多くの変化や発展が起こった時代であり、歴史を学ぶ上で非常に重要な時代です。

また、室町時代の世界では、大航海時代が始まり、ヨーロッパ諸国が海外への探検を進めました。

コロンブスがアメリカに到着(1492年)

イタリア出身の探検家クリストファー・コロンブスは、新航路を開拓するためにスペインの支援を受け、アメリカ大陸に到達しました。

これにより、ヨーロッパと新大陸との交流が始まりました。

バスコ・ダ・ガマがインドに到達(1498年)

ポルトガルの探検家バスコ・ダ・ガマは、アフリカを回ってインドへ到達する新航路を発見しました。

これにより、ヨーロッパとアジアとの交易が活発化し、ポルトガルが東洋貿易で大きな利益を得ることになりました。

マゼランが世界周航に出発(1519年)

フェルディナンド・マゼランは、スペイン王の支援を受けて、世界周航に挑戦しました。

彼は、南アメリカの最南端を回り、太平洋を横断してフィリピンに到達しましたが、現地で亡くなりました。

しかし、彼の船団はその後も航海を続け、1522年に世界一周を成し遂げました。

これらの出来事は、室町時代の世界の様子を示しており、大航海時代においてヨーロッパ諸国が世界各地へ探検を進め、海外領土を拡大していったことがわかります。

この時代の発見や交流は、世界史に大きな影響を与え、今後の歴史の流れにも大きく関与していきます。

年号出来事
1368年中国の元王朝が滅び、明王朝が建国される。
1392年李成桂によって高麗王朝が滅び、李氏朝鮮が建国される。
1453年オスマン帝国によってビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルが陥落し、ビザンツ帝国が滅亡する。
1517年マルティン・ルターによる宗教改革が始まる。
14世紀から16世紀ルネサンスがイタリアを中心に発生し、芸術や学問が発展する。
1521年スペインのコンキスタドールによってアステカ王国が滅びる。
1533年スペインのコンキスタドールによってインカ帝国が滅びる。
1536年ジョン・カルバンによってカルヴァン主義が創始され、ヨーロッパの宗教改革に大きな影響を与える。
1492年クリストファー・コロンブスがアメリカに到達する。
1498年バスコ・ダ・ガマがインドに到達する。
1519年フェルディナンド・マゼランが世界周航に出発する。

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